2008年09月26日
自由英作文26(森絵都 あいうえおちゃん)
90 りょうしん/りょうほう/リストラ中
Both parents are fired.
91 れんげと/れーすの/れおたーど
Leotard is made of Chinese milk vetch and lacework.
92 ろばたに/ろうばの/ろくろっくび
A long long neck of an elderly lady by the fireside .
93 わいわい/わらって/わすれよう
Let’s forget it with laughing freely.
Both parents are fired.
91 れんげと/れーすの/れおたーど
Leotard is made of Chinese milk vetch and lacework.
92 ろばたに/ろうばの/ろくろっくび
A long long neck of an elderly lady by the fireside .
93 わいわい/わらって/わすれよう
Let’s forget it with laughing freely.
2008年09月24日
長崎、あじな旅、うまい旅(4)
坂道を戻り、小物屋さんで紺のバンドの腕時計を土産に買う。
電動自転車で「孔子廟」へ。
東山手(ひがしやまて)にある「孔子廟」は明治26年(1893)、中国政府の協力を得て華僑らによって完成された、孔子を祭る聖廟。ここに入るといつも、なぜか古代中国の時代にタイムスリップした気分になります。
赤い電動自転車に跨り、右手に「長崎病院」「昭和会病院」。その先が「オランダ坂通り」。
石畳の上り坂なので、歩いて自転車を押す。重い。オランダ坂の出口(入口)に赤い煉瓦の「ホテル・ニュータンダ」。そこを右に曲がって、電動自転車がくねくねした道をすいすい進む。
思案橋の「丸山公園」わきに電動自転車を止める。「丸山通り」を歩き「丸山華街(はなまち)碑」をさがす。
かつては、このあたり遊郭の娘たちが「出島」にいるオランダ人のところに行くために歩かされた「小さな坂道」がある。その狭い坂道を「オランダ坂」と云ったらしい。
思案橋(かつての遊郭)を散策。その後、「正覚寺(しょうかくじ)」境内に入り休憩。工事中のため、建物の中には入れない。でも、ここから見上げると迫る(せまる)風頭山の深緑には心を奪われる。
「丸山公園」に戻り、すぐそばの「福砂屋(ふくさや)本店」(長崎を代表するカステラの老舗)に近づくと、格式高い木造の福砂屋の前に外人観光客の群れ。原色のTシャツを着た外人観光客、大勢が福砂屋の暖簾を別けて出入りする。
福砂屋のカステラ:玉子を白身と黄身に分け、最初に泡立てた白身に材料を入れていく「別立て法」という当時の製法を守り抜き、ふっくらやわらかい。
長崎駅に戻る。電動自転車を返却。1度ホテルに戻り、着替える。
電気軌道(チンチン電車)に乗り、「公会堂前」停留所で降りて、また、「眼鏡橋」を見てから、
「吉宗(よっそう)本店」に入る。「夫婦蒸し」を注文。「夫婦蒸し」は小丼(こどんぶり)に入った「茶碗蒸し」と「蒸し(むし)ずし」のセット。1,200円。「蒸しずし」にはアナゴ、錦糸玉子、シイタケが載っている。
今回の旅行は「五島列島」に小型飛行機で行くはずでした。天気の関係で、「島めぐり」が「味めぐり」になってしまいました。このハプニングが「旅のたのしさ」でしょう。
今日は「諫早」「島原」そして、トロッコ列車の旅です。
長崎駅━━JR諫早駅…島鉄(しまてつ)・諫早駅━━島原駅
JR諫早駅から改札を出て、「長崎空港」行のバスの時刻を確認。旅行カバンを諫早バスターミナル・ビル1階のコインロッカーに預ける。この時、ショルダーバッグから折りたたみ傘、単行本3冊、お土産なども旅行カバンに入れる。諫早駅周辺の食堂をチェック。
旅の掟:手荷物はその日の1日の天気、行き先(中継点に戻る/戻らない)を考え軽くする。
電動自転車で「孔子廟」へ。
東山手(ひがしやまて)にある「孔子廟」は明治26年(1893)、中国政府の協力を得て華僑らによって完成された、孔子を祭る聖廟。ここに入るといつも、なぜか古代中国の時代にタイムスリップした気分になります。
赤い電動自転車に跨り、右手に「長崎病院」「昭和会病院」。その先が「オランダ坂通り」。
石畳の上り坂なので、歩いて自転車を押す。重い。オランダ坂の出口(入口)に赤い煉瓦の「ホテル・ニュータンダ」。そこを右に曲がって、電動自転車がくねくねした道をすいすい進む。
思案橋の「丸山公園」わきに電動自転車を止める。「丸山通り」を歩き「丸山華街(はなまち)碑」をさがす。
かつては、このあたり遊郭の娘たちが「出島」にいるオランダ人のところに行くために歩かされた「小さな坂道」がある。その狭い坂道を「オランダ坂」と云ったらしい。
思案橋(かつての遊郭)を散策。その後、「正覚寺(しょうかくじ)」境内に入り休憩。工事中のため、建物の中には入れない。でも、ここから見上げると迫る(せまる)風頭山の深緑には心を奪われる。
「丸山公園」に戻り、すぐそばの「福砂屋(ふくさや)本店」(長崎を代表するカステラの老舗)に近づくと、格式高い木造の福砂屋の前に外人観光客の群れ。原色のTシャツを着た外人観光客、大勢が福砂屋の暖簾を別けて出入りする。
福砂屋のカステラ:玉子を白身と黄身に分け、最初に泡立てた白身に材料を入れていく「別立て法」という当時の製法を守り抜き、ふっくらやわらかい。
長崎駅に戻る。電動自転車を返却。1度ホテルに戻り、着替える。
電気軌道(チンチン電車)に乗り、「公会堂前」停留所で降りて、また、「眼鏡橋」を見てから、
「吉宗(よっそう)本店」に入る。「夫婦蒸し」を注文。「夫婦蒸し」は小丼(こどんぶり)に入った「茶碗蒸し」と「蒸し(むし)ずし」のセット。1,200円。「蒸しずし」にはアナゴ、錦糸玉子、シイタケが載っている。
今回の旅行は「五島列島」に小型飛行機で行くはずでした。天気の関係で、「島めぐり」が「味めぐり」になってしまいました。このハプニングが「旅のたのしさ」でしょう。
今日は「諫早」「島原」そして、トロッコ列車の旅です。
長崎駅━━JR諫早駅…島鉄(しまてつ)・諫早駅━━島原駅
JR諫早駅から改札を出て、「長崎空港」行のバスの時刻を確認。旅行カバンを諫早バスターミナル・ビル1階のコインロッカーに預ける。この時、ショルダーバッグから折りたたみ傘、単行本3冊、お土産なども旅行カバンに入れる。諫早駅周辺の食堂をチェック。
旅の掟:手荷物はその日の1日の天気、行き先(中継点に戻る/戻らない)を考え軽くする。
2008年09月19日
自由英作文25(森絵都 あいうえおちゃん)
87 ようかい/よろこぶ/よるのもり
Hobgoblins enjoy playing in the forest at midnight.
88 らっこの/らいばる/らっこっこ
An baby sea otter is its rival for an sea otter.
89 リングで/りゅうけつ/りきどうざん
Wounded Rikidozan sheds blood in the ring.
Hobgoblins enjoy playing in the forest at midnight.
88 らっこの/らいばる/らっこっこ
An baby sea otter is its rival for an sea otter.
89 リングで/りゅうけつ/りきどうざん
Wounded Rikidozan sheds blood in the ring.
2008年09月17日
長崎、あじな旅、うまい旅(3)
JR長崎駅前の広場に、赤い電動自転車が3台展示されている。九州旅客鉄道㈱がレンターサイクルのキャンペーン中。それを借りて、長崎の南・長崎半島に行くことにする。南には「樺島(かばしま)」、南西には「野母崎(のもざき)」半島がある。朝9時ジャストの出発。晴れ。
長崎駅、ホテル・ニュー長崎、信号。電気軌道(チンチン電車)のレールのある「大波止(おおはと)通り」を電動自転車が進む。風が冷たい。
レールは「出島」停留所から左に曲がる。こちらの電動自転車は曲がらないで、直線に「出島海岸通り」を進む。「大浦海岸通り」を抜け、松が枝橋の信号。ここは道路が広いのに、車の量が多く、(チンチン電車)のレールもあるので危険地帯。「石橋?蛍茶屋」の5系統の電車の上下線がすれ違う。この信号を渡ると、昨日の「「長崎市鼈甲工芸館」「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」。そこを「頓珍漢(とんちんかん)人形」を回想しながら通り過ぎる。
道路標識に「野母崎」の文字が見える。道路が狭くなる。右には長崎湾の海。穏やかだ。
最初の計画では電動自転車をこぎ進め、長崎の南・長崎半島、その最南西端の「野母崎」まで行く予定。しかし道路が狭く、自動車、大型トラック、バスなどの交通量が多いので計画断念。トンネルを通るときは歩道も自転車専用の道もなく、往生した。戻る。
午前11時30分。「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」の裏にある「四海楼(しかいろう)」。
「四海楼(しかいろう)」(5階建ビル)は「グラバー園」や「大浦天主堂」の坂道の手前にあると説明したほうが分かりやすいですね。この駐車場の隅に、赤い電動自転車を置く。
「四海楼(しかいろう)」は「長崎ちゃんぽん」「皿うどん」発祥の中華料理店です。
長崎ちゃんぽん:遠い海を渡って、中国から伝わってきた食べ物のようですが、実は明治32年(1899)、長崎で生まれたものなのです。生みの親は、四海楼(しかいろう)の初代・陳平順。
皿うどん:同じく、陳平順が「ちゃんぽん」のバリエーションとして創ったもの。ちゃんぽん麺を強火で焼き、ちゃんぽん同様の具を炒め、少なめのスープを加え残らず麺にしみ込ませた料理。うどん状のものを皿にのせて出したことから、皿うどんと名付けられました。
「四海楼(しかいろう)」5階は展望レストランになっています。午前11時30分に来たのは理由があります。以前に、12時と1時に来て満席で入れなかったことがあるからです。
この展望レストランでは、今の「長崎ちゃんぽん」と、昔の「元祖・長崎ちゃんぽん」を食すことができます。「元祖・長崎ちゃんぽん」はラーメン丼(どんぶり)ではなく、カツ丼や親子丼に使う蓋(ふた)付きの丼(どんぶり)に入って食卓に出されます。味は今の「長崎ちゃんぽん」より、かなりシンプル系でした。
駐車場の隅に、赤い電動自転車を置いたまま、「大浦天主堂」「グラバー園」に通じる坂道を登る。途中に「祈りの丘 絵本美術館」あり。館内に入り、絵本を吟味。
長崎駅、ホテル・ニュー長崎、信号。電気軌道(チンチン電車)のレールのある「大波止(おおはと)通り」を電動自転車が進む。風が冷たい。
レールは「出島」停留所から左に曲がる。こちらの電動自転車は曲がらないで、直線に「出島海岸通り」を進む。「大浦海岸通り」を抜け、松が枝橋の信号。ここは道路が広いのに、車の量が多く、(チンチン電車)のレールもあるので危険地帯。「石橋?蛍茶屋」の5系統の電車の上下線がすれ違う。この信号を渡ると、昨日の「「長崎市鼈甲工芸館」「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」。そこを「頓珍漢(とんちんかん)人形」を回想しながら通り過ぎる。
道路標識に「野母崎」の文字が見える。道路が狭くなる。右には長崎湾の海。穏やかだ。
最初の計画では電動自転車をこぎ進め、長崎の南・長崎半島、その最南西端の「野母崎」まで行く予定。しかし道路が狭く、自動車、大型トラック、バスなどの交通量が多いので計画断念。トンネルを通るときは歩道も自転車専用の道もなく、往生した。戻る。
午前11時30分。「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」の裏にある「四海楼(しかいろう)」。
「四海楼(しかいろう)」(5階建ビル)は「グラバー園」や「大浦天主堂」の坂道の手前にあると説明したほうが分かりやすいですね。この駐車場の隅に、赤い電動自転車を置く。
「四海楼(しかいろう)」は「長崎ちゃんぽん」「皿うどん」発祥の中華料理店です。
長崎ちゃんぽん:遠い海を渡って、中国から伝わってきた食べ物のようですが、実は明治32年(1899)、長崎で生まれたものなのです。生みの親は、四海楼(しかいろう)の初代・陳平順。
皿うどん:同じく、陳平順が「ちゃんぽん」のバリエーションとして創ったもの。ちゃんぽん麺を強火で焼き、ちゃんぽん同様の具を炒め、少なめのスープを加え残らず麺にしみ込ませた料理。うどん状のものを皿にのせて出したことから、皿うどんと名付けられました。
「四海楼(しかいろう)」5階は展望レストランになっています。午前11時30分に来たのは理由があります。以前に、12時と1時に来て満席で入れなかったことがあるからです。
この展望レストランでは、今の「長崎ちゃんぽん」と、昔の「元祖・長崎ちゃんぽん」を食すことができます。「元祖・長崎ちゃんぽん」はラーメン丼(どんぶり)ではなく、カツ丼や親子丼に使う蓋(ふた)付きの丼(どんぶり)に入って食卓に出されます。味は今の「長崎ちゃんぽん」より、かなりシンプル系でした。
駐車場の隅に、赤い電動自転車を置いたまま、「大浦天主堂」「グラバー園」に通じる坂道を登る。途中に「祈りの丘 絵本美術館」あり。館内に入り、絵本を吟味。
2008年09月12日
自由英作文24(森絵都 あいうえおちゃん)
84 ゆうべの/ゆうはん/ゆでたまご
We ate some boiled eggs for supper yesterday evening .
85 ゆみえと/ゆうたの/ゆびずもう
Yumi-e and Yu-uta are playing thumb-wrestling.
86 ゆくえは/ゆきぐに/ゆめのたび
The destination of our dreamy journey is a snowy country.
We ate some boiled eggs for supper yesterday evening .
85 ゆみえと/ゆうたの/ゆびずもう
Yumi-e and Yu-uta are playing thumb-wrestling.
86 ゆくえは/ゆきぐに/ゆめのたび
The destination of our dreamy journey is a snowy country.
2008年09月10日
長崎、あじな旅、うまい旅(2)
右手に「長崎港」の海を見ながら、「長崎市鼈甲工芸館」の前を過ぎて、「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」(瀟洒(しょうしゃ)な明治の洋館・3階建)に入館。
この2階で、故・久保田馨(くぼたかおる)の「頓珍漢(とんちんかん)人形」と「俳句」と「短い詩」との鮮烈な出会いを体験します。長崎は被爆地です。記念館の2階にその題のない詩は展示されていました。
何とトンチンカンなんでせう
灰におびえる人々も
それを撒きたがる人々も
おなじ人間なのは
この最大最悪のトンチンカンから
些細なほほえましいトンチンカンに至るまで
私たちは毎日
よろこびのかなしみの
その他のお面をいっぺんにかぶり
神と悪魔と
たやすく手をとり
忽ち訣れ
明日へ新しいトンチンカンをこしらえる
それが生きることらしい
何とトンチンカンなんでせう
『ざくろの空 頓珍漢人形伝』渡辺千尋(わたなべちひろ) 著
「頓珍漢(とんちんかん)人形」は3cm〜7cmの小さい素焼人形。ひょろ長いもの、丸々としているもの、首の長いもの、おでこが大きいもの、顔だけのもの、とぼけた容姿をしているもの。様々。
かつて、長崎に来たときのイベントに、「トルコ・ライス」がありました。大きな1枚のお皿にサフランで色付けされた黄色いライスの上に豚(とん)カツが載り、その上にカレーがかかり、横にスパゲティー、目玉焼きとサラダがついたランチです。一言で言えば大人の「お子様ランチ」。長崎市内の食堂、レストラン、喫茶店、軽食店、お土産物屋にもありました。
昼食の失敗。長崎駅前のアミュプラザ5Fの「あるパブ」のランチサービス「長崎セット」を注文。1、グラスビール 2、メインの皿うどん 3、スープ代わりの長崎ちゃんぽん 4、デザートはのざら目(ざらめざとう)ついた長崎カステラ。皿うどんもちゃんぽんもカステラも甘い味。
「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」を出る。電気軌道(チンチン電車)に乗り、「観光通り」。次の「思案橋」で降りて、浜町(はまのまち)のアーケード街を歩く。「好文堂書店」に入り、長崎のタウン情報誌を立ち読み。その後、『ながさき昔話』を買う。
小丼(こどんぶり)に入った「茶碗蒸し」と「蒸し(むし)ずし」で有名な「吉宗(よっそう)本店」の前を通り、「中島川」に向かって歩く。「万橋(よろずばし)」を渡って右に折れ、川沿いに上流に歩く。4つ目の橋が「眼鏡橋」。
先ほどは公会堂の方から見た。今度のアングルが「眼鏡橋」が水に映り、○○の眼鏡に見える。
公会堂前まで歩き、3系統赤の電気軌道に乗る。公会堂前—桜町—長崎駅前
コインロッカーから旅行カバンを出して、徒歩、「ホテル・ニュー長崎」。
「電車一日乗車券」は何度でも使えるので、1系統紺で三度、「観光通り」。ネオンが灯る「銅座通り」を歩く。「100円ショップ」「長崎東映ホテル」、銅座橋、「ホテルJALシティ長崎」。青竜門(東門)を右に曲がって、新地(しんち)中華街に到着。雑踏、観光客、雑踏。
「観光通り」に戻り、チンチン電車の「上り」「下り」見てから、混雑でせ返る信号を小刻みに横切る。
浜町(はままち)のアーケード街の中の「串揚げ 風 KAZE」を見つける。雑居ビルの2階。階段を上る。店内のカウンターの一番左側の席に座る。主人は若い頃、群馬県のアンナカにいたことがあると言う。目の前で、串揚げを揚げながら、懐かしそうに、マツイダ、イソベ、タカサキのことをぽつりぽつり語りかける。イソベの近況を聞いてくる。
串揚げの注文:アスパラ、三つ葉のサヨリ巻き、キス、手羽、椎茸、レンコンのカレー風味、アオヤギ貝(上の貝殻を取り、身と下の貝殻を串で刺し、衣をまぶして揚げる。それをで匙(さじ)で掬(すく)って身をって、口へ)、ウメジソ入りカマボコ、揚げたてのほっくほっくの大きなソラマメ。もちろん、串揚げには生ビール。
「ご無事で、旅をつづけてください」と暖かいまなざしで見送ってくださいました。
この2階で、故・久保田馨(くぼたかおる)の「頓珍漢(とんちんかん)人形」と「俳句」と「短い詩」との鮮烈な出会いを体験します。長崎は被爆地です。記念館の2階にその題のない詩は展示されていました。
何とトンチンカンなんでせう灰におびえる人々も
それを撒きたがる人々も
おなじ人間なのは
この最大最悪のトンチンカンから
些細なほほえましいトンチンカンに至るまで
私たちは毎日
よろこびのかなしみの
その他のお面をいっぺんにかぶり
神と悪魔と
たやすく手をとり
忽ち訣れ
明日へ新しいトンチンカンをこしらえる
それが生きることらしい
何とトンチンカンなんでせう
『ざくろの空 頓珍漢人形伝』渡辺千尋(わたなべちひろ) 著
「頓珍漢(とんちんかん)人形」は3cm〜7cmの小さい素焼人形。ひょろ長いもの、丸々としているもの、首の長いもの、おでこが大きいもの、顔だけのもの、とぼけた容姿をしているもの。様々。
かつて、長崎に来たときのイベントに、「トルコ・ライス」がありました。大きな1枚のお皿にサフランで色付けされた黄色いライスの上に豚(とん)カツが載り、その上にカレーがかかり、横にスパゲティー、目玉焼きとサラダがついたランチです。一言で言えば大人の「お子様ランチ」。長崎市内の食堂、レストラン、喫茶店、軽食店、お土産物屋にもありました。
昼食の失敗。長崎駅前のアミュプラザ5Fの「あるパブ」のランチサービス「長崎セット」を注文。1、グラスビール 2、メインの皿うどん 3、スープ代わりの長崎ちゃんぽん 4、デザートはのざら目(ざらめざとう)ついた長崎カステラ。皿うどんもちゃんぽんもカステラも甘い味。
「長崎市・旧香港上海銀行長崎支店記念館」を出る。電気軌道(チンチン電車)に乗り、「観光通り」。次の「思案橋」で降りて、浜町(はまのまち)のアーケード街を歩く。「好文堂書店」に入り、長崎のタウン情報誌を立ち読み。その後、『ながさき昔話』を買う。
小丼(こどんぶり)に入った「茶碗蒸し」と「蒸し(むし)ずし」で有名な「吉宗(よっそう)本店」の前を通り、「中島川」に向かって歩く。「万橋(よろずばし)」を渡って右に折れ、川沿いに上流に歩く。4つ目の橋が「眼鏡橋」。
先ほどは公会堂の方から見た。今度のアングルが「眼鏡橋」が水に映り、○○の眼鏡に見える。
公会堂前まで歩き、3系統赤の電気軌道に乗る。公会堂前—桜町—長崎駅前
コインロッカーから旅行カバンを出して、徒歩、「ホテル・ニュー長崎」。
「電車一日乗車券」は何度でも使えるので、1系統紺で三度、「観光通り」。ネオンが灯る「銅座通り」を歩く。「100円ショップ」「長崎東映ホテル」、銅座橋、「ホテルJALシティ長崎」。青竜門(東門)を右に曲がって、新地(しんち)中華街に到着。雑踏、観光客、雑踏。
「観光通り」に戻り、チンチン電車の「上り」「下り」見てから、混雑でせ返る信号を小刻みに横切る。
浜町(はままち)のアーケード街の中の「串揚げ 風 KAZE」を見つける。雑居ビルの2階。階段を上る。店内のカウンターの一番左側の席に座る。主人は若い頃、群馬県のアンナカにいたことがあると言う。目の前で、串揚げを揚げながら、懐かしそうに、マツイダ、イソベ、タカサキのことをぽつりぽつり語りかける。イソベの近況を聞いてくる。
串揚げの注文:アスパラ、三つ葉のサヨリ巻き、キス、手羽、椎茸、レンコンのカレー風味、アオヤギ貝(上の貝殻を取り、身と下の貝殻を串で刺し、衣をまぶして揚げる。それをで匙(さじ)で掬(すく)って身をって、口へ)、ウメジソ入りカマボコ、揚げたてのほっくほっくの大きなソラマメ。もちろん、串揚げには生ビール。
「ご無事で、旅をつづけてください」と暖かいまなざしで見送ってくださいました。
2008年09月05日
自由英作文23(森絵都 あいうえおちゃん)
81 やおやの/やくめは/やさいうり
A greengrocer takes a role that sells fruit and vegetables.
82 やたらと/やさしい/やくざもの
He/she is a very very kind gangster.
83 やまゆり/やまんば/やまぶどう
Lilies on the hill, ogress in the mountain and grapes there.
A greengrocer takes a role that sells fruit and vegetables.
82 やたらと/やさしい/やくざもの
He/she is a very very kind gangster.
83 やまゆり/やまんば/やまぶどう
Lilies on the hill, ogress in the mountain and grapes there.
2008年09月03日
長崎、あじな旅、うまい旅(1)
羽田空港の出発ロビーで、遅れている搭乗手続き待ち。電光掲示板の天気予報は雨。先ほどは曇。「長崎は今日も雨」では洒落にならない。羽田から長崎。長崎空港から上五島(かみごとう)空港(中通島)に小型飛行機(8人乗り)でフライトの予定。
長崎空港ビル内にある「オリエンタル・エア・ブリッジ」受付で小型機のフライトを確認。欠航。全額返金にて対応。
今回は長崎の「味の旅」をすることにしました。
長崎空港は大村湾に浮かんでいる「ウオーターフロート」空港。だから、船に乗って、対岸の「時津(とぎつ)」に行き、そこから、バスで長崎市内に入る。長崎空港は小雨。乗船中の空も小雨。バス乗車の時は曇り。ところが、市内に向かう道中にカミナリ、激雨。バスの窓ガラスの隙間から雨水が漏れ注ぐ。バスが停車して、人が乗り込んで来ると、濡れた傘と服の雫でバスの床はビショビショ。
終点の「長崎駅」前で、折りたたみの傘を広げて、他の乗客と一緒にバスを降りる。陸橋の階段を上って陸橋を渡って長崎駅の前の屋根つきの広場に行き、コインロッカーをさがしているとき雨が止む。
JR長崎駅前・広場の左にある「観光案内所」で、電気軌道(チンチン電車)の「電車一日乗車券」(600円)を購入。この乗車券はスグレモノ。少し厚手の紙でB5サイズの三つ折。
広げると、「電車路線案内図」。現在、長崎市街を走る「電気軌道」は4路線。1系統は紺、3系統は赤、「正覚寺下ー蛍茶屋(しょうがくじしたーほたるぢゃや)」を往復する4系統は黄、「石橋ー蛍茶屋」の5系統は緑と分かりやすい。おまけに、手描きのイラストで観光名所を紹介。さらに、ローマ字でルビまで振ってある。乗車券とすれば大きいけれど、観光地図と考えればコンパクト。
旅行カバンをコインロッカーに預ける。陸橋を早足に歩き「赤迫(あかさこ)」方面からきた1系統「正覚寺下(しょうがくじした)」行のチンチン電車に乗る。町───—西—観光通り
「観光通り」で降りて、信号を渡り、アーケード通りを歩いて、「しっぽく 浜勝」に入る。お店が坂道のところに構えられてあるので、1階だと思って入ったところが地下1階。和服姿の仲居さんに案内されて、上の1階の朱塗りの円卓の前に腰掛ける。2枚の取り皿(こざら)。
卓袱(しっぽく)はコース料理。最初に出されたのが「お鰭(ひれ)」。はんぺん、四方鯛、しいたけ、青身野菜、もちなど山・海・野の幸が入った「お吸い物」。ほど良く燗のついた日本酒。ミニチュアの刺身(普通サイズの四分の一の刺身)。「湯引き」(新鮮な魚を熱湯にくぐらせる程度の、持ち味を生かすように料理された鱧[はも]、鱶[ふか]、あら)。「豚の角煮」(豚の三枚身をたっぷりの地酒と特製のだしで、コトコトとじっくり煮上げ、べっこう色)。………
最後は「梅椀」です。「梅椀」は甘いものという意味です。今回は「お汁粉」が出ました。
雨がやんだので、食後は「眼鏡橋」まで散策。その後、チンチン電車で「出島」に戻る。
観光通り─西浜町(はまのまち)—築町(つきまち)—出島(でじま)
質問: 出島は寛永13年(1636)に江戸幕府が長崎の有力町人に命じて作らせた人工島ですが、その形は?
① 円形 ② 正方形 ③ 等脚台形 ④ 扇形
出島に到着。
鎖国時代に西洋との唯一の窓口だった出島。当初はポルトガル人を住まわせるために築かれた扇形の埋立地でした。寛永14年(1637)、島原の乱が起こりました。この事件をきっかけに幕府はポルトガル人を追放します。更に平戸にあったオランダ商館をここに移転させ、オランダ人を出島に住まわせることにしました。以後218年もの間、ここは西洋文化と日本文化の出会う、日本で唯一の貿易地となりました。約四千坪の広さがありました。
高校生の修学旅行生が大勢いましたので、即刻、退散。「出島和蘭商館跡」を立ち去る。
長崎空港ビル内にある「オリエンタル・エア・ブリッジ」受付で小型機のフライトを確認。欠航。全額返金にて対応。
今回は長崎の「味の旅」をすることにしました。
長崎空港は大村湾に浮かんでいる「ウオーターフロート」空港。だから、船に乗って、対岸の「時津(とぎつ)」に行き、そこから、バスで長崎市内に入る。長崎空港は小雨。乗船中の空も小雨。バス乗車の時は曇り。ところが、市内に向かう道中にカミナリ、激雨。バスの窓ガラスの隙間から雨水が漏れ注ぐ。バスが停車して、人が乗り込んで来ると、濡れた傘と服の雫でバスの床はビショビショ。
終点の「長崎駅」前で、折りたたみの傘を広げて、他の乗客と一緒にバスを降りる。陸橋の階段を上って陸橋を渡って長崎駅の前の屋根つきの広場に行き、コインロッカーをさがしているとき雨が止む。
JR長崎駅前・広場の左にある「観光案内所」で、電気軌道(チンチン電車)の「電車一日乗車券」(600円)を購入。この乗車券はスグレモノ。少し厚手の紙でB5サイズの三つ折。
広げると、「電車路線案内図」。現在、長崎市街を走る「電気軌道」は4路線。1系統は紺、3系統は赤、「正覚寺下ー蛍茶屋(しょうがくじしたーほたるぢゃや)」を往復する4系統は黄、「石橋ー蛍茶屋」の5系統は緑と分かりやすい。おまけに、手描きのイラストで観光名所を紹介。さらに、ローマ字でルビまで振ってある。乗車券とすれば大きいけれど、観光地図と考えればコンパクト。
旅行カバンをコインロッカーに預ける。陸橋を早足に歩き「赤迫(あかさこ)」方面からきた1系統「正覚寺下(しょうがくじした)」行のチンチン電車に乗る。町───—西—観光通り
「観光通り」で降りて、信号を渡り、アーケード通りを歩いて、「しっぽく 浜勝」に入る。お店が坂道のところに構えられてあるので、1階だと思って入ったところが地下1階。和服姿の仲居さんに案内されて、上の1階の朱塗りの円卓の前に腰掛ける。2枚の取り皿(こざら)。
卓袱(しっぽく)はコース料理。最初に出されたのが「お鰭(ひれ)」。はんぺん、四方鯛、しいたけ、青身野菜、もちなど山・海・野の幸が入った「お吸い物」。ほど良く燗のついた日本酒。ミニチュアの刺身(普通サイズの四分の一の刺身)。「湯引き」(新鮮な魚を熱湯にくぐらせる程度の、持ち味を生かすように料理された鱧[はも]、鱶[ふか]、あら)。「豚の角煮」(豚の三枚身をたっぷりの地酒と特製のだしで、コトコトとじっくり煮上げ、べっこう色)。………
最後は「梅椀」です。「梅椀」は甘いものという意味です。今回は「お汁粉」が出ました。
雨がやんだので、食後は「眼鏡橋」まで散策。その後、チンチン電車で「出島」に戻る。
観光通り─西浜町(はまのまち)—築町(つきまち)—出島(でじま)
質問: 出島は寛永13年(1636)に江戸幕府が長崎の有力町人に命じて作らせた人工島ですが、その形は?
① 円形 ② 正方形 ③ 等脚台形 ④ 扇形
出島に到着。
鎖国時代に西洋との唯一の窓口だった出島。当初はポルトガル人を住まわせるために築かれた扇形の埋立地でした。寛永14年(1637)、島原の乱が起こりました。この事件をきっかけに幕府はポルトガル人を追放します。更に平戸にあったオランダ商館をここに移転させ、オランダ人を出島に住まわせることにしました。以後218年もの間、ここは西洋文化と日本文化の出会う、日本で唯一の貿易地となりました。約四千坪の広さがありました。
高校生の修学旅行生が大勢いましたので、即刻、退散。「出島和蘭商館跡」を立ち去る。



